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人物像について

上杉景勝の人物像について


本日は上杉景勝のドラマの中の人物像がテーマです。このドラマでは「義」の捉え方が少し前半と違ってきたような感じがしています。無口でありながら家臣・領民を慈しみ、妻菊姫を心から愛す姿は同じだと思いますが、私が異質に感じるのは「義」の捉え方です。

大事な場面では必ず御屋形様ならこうしたとか、こうするに違いないとか、ドラマでは事あるごとに言っています。今はあんたが御屋形様なんだから、先代に縛られずに思った通りやればいいのにといつも見てしまいます。

徳川軍が上杉に背を向けた時、追い討ちを駆けなかったのも、自分が義に反すると思ったというより、亡き御屋形様なら敵の背を攻めるのは卑怯と思ったに違いないという感じがしましたね。

結局関ヶ原以後は、謙信公の教えである「義」と徳川に屈しなければ家臣・領民を守れないということで、悩み苦しんだのでしょう。最後は本来の主君豊臣を滅ぼす片棒を担ぐことになるので、上杉の「義」を捨てることになるのです。

もしも前半部分の景勝なら敵の軍勢100万と云えども、最後の一兵まで戦うべしと徳川に牙を剥いた気がします。事実秀吉に兼続との主従関係を引き裂かれようとした時、遺言にも書いています。

前半は理不尽なことには従わず、正義を貫くことこそが上杉の「義」で、後半はどんなに苦しくても家臣・領民を守ることこそが上杉の「義」であると変わったような気がします。

前者は謙信公の教える「義」であり、後者は謙信公という存在を乗り越えた景勝の真意のような気がします。



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